おだやか日記

認知症になっても住み慣れた家で最期まで暮らすために必要なこと~十分条件~

おだやか診療所です。

認知症になっても住み慣れた家で最期まで暮らすことができるようになるために必要なことを2回に分けて述べました。

最低限必要なこととして、専門職がかかわることによるBPSDの軽減があります。これができなければ、最期まで家で過ごすことは難しいと考えます。

本日は、専門職が条件を満たした後何をしたらよいのかについて考えたいと思います。

人間はみな街の中で暮らす

人は皆、一人で生きているわけではありません。一人暮らしであっても、見えないところで誰かの支えを受けています。そして認知症の方が住み慣れた家で過ごしていくためには、街の住民の方への啓蒙活動が必須となります。専門職だけでは無理なこともあります。

最近は認知症の知識が広まり、以前と比べてだいぶ理解されるようになってきましたが、それでもまだ偏見があったりします。

認知症ってボケるんでしょ?、認知症の人は何をするかわからないし怖い!、暴力とか振るう人もいるんでしょう、などなど。

これらの誤解(すべてが誤解ではありませんが)について、まず地域の皆さんに説いてもらう必要があります。

勉強会、講演会などを繰り返し行う

最近は認知症に対する関心も高くなり、認知症の話を聞きたい人も増えてきています。長寿国家である日本では、だれもが認知症を避けて通ることはできません。

基本的に、「怖い」と思うことは、「怖いと思うことに対する知識が不足している」ことが原因であることが多いです。

したがって、専門職が積極的に街に出て、正確な知識を伝え、「怖くない」と意識してもらうようにしていく必要があります。

認知症カフェで話す

最近は認知症カフェが増えてきました。大田区では各地域包括支援センターが認知症カフェを設置しており、20か所以上存在します。また、民間の居宅介護支援事業所や薬局などが認知症カフェを運営していることもあります。

認知症カフェにはさまざまな人が来ています。家族が認知症で介護に困っている人、今後自分が認知症になるかどうか不安な人、認知症が増加する社会で何か自分にできることはないか探している人、様々な人がいます。

こういった認知症カフェに参加している方に、認知症の知識、BPSDへの対処法などをお話しすると、皆さん真剣に話を聞いてくれます。そして、認知症カフェの参加者から、近所の住民に口コミなどでその話を広げていってもらい、結果的に地域の住民が認知症に対する知識を得ることができるようにする必要があります。

話す内容を吟味する

認知症の勉強会で話されることは、実は理想論であることが多いです。

例えば、「何回も同じ話をする場合、毎回初めて聞いたかのように反応しましょう」といったことや、「ものを亡くした場合は一緒に探しましょう。あんたがとったんだろうと言われても否定してはいけません」など。

それはわかっているけど、何回も同じことを言われたりされたりすると、人間は我慢できません。理想論はあくまで理想論であり、プロである専門職はそれを実行するべきですが、介護家族に同じことを求めてはいけません。疲労がたまり、結果的に認知症の方が自宅で過ごすことができなくなります。

そのため、現実的な対処方法を教えていくことが必要となります。ただし、現実的な対処方法は、専門職よりも介護家族の方が良く知っています。

私が良く参考にしているのは、「40歳からの遠距離介護」というサイトです。解説者の工藤広伸さんは、東京に住みながら盛岡に住んでいる母親の遠距離介護を行っています。その介護の中で生まれた日々の工夫をブログにまとめてあります。

この内容が非常に実践的で、なおかつすぐできるようなことが多く、認知症の方を介護している方もたくさん参考にしています。

私も専門職とは思えないアドバイスを時折するのですが、その元ネタのほとんどはこのブログです(笑)。舌にリンクを貼っておきます。

https://40kaigo.net/

まとめ

認知症になっても住み慣れた自宅で最期まで暮らせるために必要なこと、それは専門職がしっかりBPSDに対応すること、そしてBPSDを軽減することです。

そして、地域の住民に対し、認知症は怖くないこと、認知症になっても適切な対応により自分らしく生きることができることを伝えていくことが必要です。

そこには、理想論と現実論、その双方を取り入れる必要があります。

そして、「介護家族が疲弊しないようにする」このことが重要なポイントになります。

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